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ポーズ

JUGEMテーマ:自作小説

「始まり、始まり」と言ったきり、お婆さんは固まってしまった。粘土になってしまったとボーは思い、心配した。傍にいたピサロの方を見ると、やはり固まって動かないのだった。猫も一緒に粘土になってしまったのかと見つめていると、猫は眼を逸らしてそっぽを向いて歩き出したのでそれは思い違いだったとわかりほっとした。粘土を眺めていても何も始まらないと悟ったためか、多くの子供たちはそそくさと場を離れていった。それは束の間の間であって、すぐに解凍が訪れると信じた者は、僅かではあったがその場に残り期待の沈黙を抱いて佇んでいたものの、早速訪れた失望にためらうことなく動き始めた。そうして、残ったのはボーひとりになったのだった。
「始まり、始まり」それからどれくらいの時間が経ったのか、みんなが去ってしまった後に、早くも闇が訪れ始めた。

 
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遠く見上げて

JUGEMテーマ:自作小説

 

「打ち上げ花火の持ち込みは、一応禁止になっております」


「一応?」


「禁止ってことな」


「一応とか、とりあえずとか、接客では禁句だから。
気をつけな」


親友の「一応」と「とりあえず」を強烈に否定されて、僕は深く肩を落とす。
肩を失った後では、ペンを握ることも口をきくこともできなくなっていた。
その場に膝をつき、地面を掘り始めた。
地面は、固い土だった。素手で掘るには骨が折れたが、その時の僕の手は僕の手でありながら僕から切り離された見知らぬ人の手でもあったために、痛みを感じることなく掘り進めることができたのだった。固い土を越え、土はだんだんと柔らかくなってゆき、やがて土は砂のようになった。土は砂であった。
僕は、砂を掘り、どんどん深く掘り、自分の体が埋まるまで深く掘り、その中に埋まってしまった。
そこは温かな場所だった。
砂から首だけを出し、客人を見上げた。


「気をつけな」


「一応、気をつけます」
見上げながら、僕は言った。

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窓と空とライオンと冷蔵庫

JUGEMテーマ:小説/詩

 

 猫が紙芝居が始まるような雰囲気を全身から醸し出すと、お婆さんの周りに徐々に人だかりのようなものができ始めました。それは人だかりと呼んでも、もう少しでいいような人だかり、のようなものでした。
 さあ、はじまるぞ、と言ったように猫が鳴きました。
 それからお婆さんが、紙芝居を携えていよいよ本格的に紙芝居が始まりました。
 ----はじまり、はじまり。呪文とともに始まったのでした。


     *


 昔々、あるところに眠れない男がいました。
 眠れない男には、大きな悩み事がありました。それは眠れないことでした。眠れない男は、もう長い間眠ることができずに、眠れないことについての苦労話を色んな人に話して歩いたり、眠るために良いことについての話を色んな人から聞いたのでした。けれども、そのすべては眠れない男が眠るために何の役にも立たないような話だったのです。


 今日も眠れない男は、眠れないながらに眠ろうとベッドに横たわりましたが、案の定眠れませんでした。
 ああ、今日も……。案の定眠れないわい……。
 眠れない男は、呻くように呟きながら枕の上にバンザイをするように腕を伸ばしました。けれども、そのバンザイは破竹の10連勝で優勝をかっさらった時のバンザイではなく、8万票近くの差をつけて当選を決めた時のバンザイでもなく、2ヵ月前から楽しみにしていた遠出の日の朝に射し込んできた朝日と目が合った時にするバンザイとも違っていたのです。それは喜びのバンザイではなく、悲しみのバンザイ、もっと大げさに言えばそれは、絶望のバンザイだったのです。


 ああ、今日も……。やっぱり眠れないんだわい……。
 眠れないながらも眠れない男は、部屋を暗くして、ベッドに身を伸ばし、普通の人がするように眠りの準備をするものの、やはり眠れない男が思うように、思うようには眠れないのでした。
 ああ、今日も……。思うように眠れないんだわい……。
 眠れない男は、立ち上がり家の窓を開け、外の風が入ってくるようにしました。それから、またベッドに戻ると眠れないながらも眠る準備に入りました。しばらくすると、どこからか風が入り込んでくるのが感じられました。心地良い穏やかな風でした。けれども、眠れない男の心の内は必ずしもそうではありませんでした。
 そうしている内に、今度は冷蔵庫から声が漏れてくるのが聞こえました。


 それは校長先生のお話だったのです!


 ----今日は、みなさんに他でもないお話しがあります。他では聞けないお話ですのでどこにも行かずにここで聞くようにしてください。けれども楽な姿勢で聞いてください。
 幸いなことに、眠れない男はとても楽な姿勢で聞いていたので、そのまま聞いていました。
 ----人間として立派に生きていくために大切な11の約束をみなさんには守って欲しいと思います。まず1つ目は、外出から帰った後は、手をよく洗うこと。
 なんだ、そんなことか、と眠れない男は思いました。
 親指の洗い方、指と指の間の洗い方、手の平の洗い方、手の甲の洗い方、指の先の洗い方、手首の洗い方、と校長先生のお話は校長先生らしく順を追って続きました。大切なことがそんな簡単なことなのかと訝しがりながら、眠らない男は寝返りを打ちました。すると、眠れない男は今まで向いていた方向とは逆の方向の向きになりました。手を取り合いみんなで協力しましょう、と校長先生は言いました。


 ----次に大切なのは、人の話をよく聞くことです。
 なんだ、そんなことか、と眠れない男は思い、またこの調子でお話が続いていくことはなんて地獄のように退屈なことだろうかと思うと、眠れない男のまぶたは、1000年積み上げた石段のように急に重くなってきたのでした。抵抗したいような抵抗したくないような、この瞬間をとどめたいようなすぐにも手放してしまいたいような不思議な、それは、久しく眠れない男が味わったことのない感覚でした。


 ----人の話は、相手の立場に立って聞くことが大切です。そして色々な想像を働かせながら聞くように心がけましょう。もしもその人がライオンの話をしているとしたら、もしも自分がライオンだったらと考えながら聞いてみたり、そのライオンは大きなライオンだろうかそれとも子供ライオンだろうかなどと考えながら聞いてみたり、あるいはライオンの後ろには猫が隠れているのかもしれないなどと考えながら聞いてみましょう。あるいは、この人はライオンの話をしているけれど、本当はライオンと虎を取り違えて話しているのかもしれない、そして虎といってもそれは『男はつらいよ』の中の寅さんなのかもしれない、と考えながら聞いてみましょう。本当はこの人はライオンの話をしているけれど、ライオンのことなんてちっとも知らないんじゃないか、ライオンのことばかりを話しているけれど、本当はライオンになど興味がないんじゃないかなどと想像を働かせて話を聞くようにしましょう。人の話をよく聞くということは、人の話をよく聞いているだけでは充分ではありません。だから、今日からみなさんは、人の話を聞く時には色々な想像を働かせながら聞くようにしましょう。もしもその人が空の話をしているのなら、もっともっと想像を働かせながら聞かなければなりません。なぜなら、空はライオンよりももっともっと大きいからです。ではみなさん、空を見てください。ここからでは見えませんね。でも、大切なのは想像の中で空を見ることです。はい、見えましたか?(ざわざわざわ) 今日からみなさんは、人の話をよく聞く人になってください。


 眠れない男は、まるで聞いていませんでした。
 めでたし、めでたし。


     *


 「終わったの?」
 少年は、きょとんとした顔をしながら訊きました。それは晴れの日の遠足がベッドを出たところで終わってしまった時のようでした。


 「長い話は疲れるわ」


 「お婆さんが作ってるんでしょ?」


 「もう少し先があるけど、見たい?」
 あー、あー、と猫がしきりに大きな口を開けてあくびをしていました。


 「うん。聞きたい!」
 ボーは、お婆さんが元気付くように熱心なファンのように言いました。
 お婆さんは、猫にマグロの切れ端を与えてごきげんをうかがっていました。猫はひょろりとマグロを食べた後も、何度も小さな舌を出して赤い海の余韻を味わっていました。それから満足気に寝そべると、手の先をさらになめていました。
 チュッパチャプスをなめながら、少年はお話の続きが始まるかもしれないのを待っていました。
 けれども、他のお客さんは、まだ校長先生のお話を聞いている途中なのでした。


     *


 昔々、あるところにいた眠れない男は、校長先生の話をまるで聞いていませんでした。
 眠れない男は、ようやく少し眠りたくなって、本当にずっと眠りたかったのだけれど今はそれが本当に眠れるくらいに眠りたくなって、ベッドの中に身を沈めているのでした。
 ああ、ようやく……。眠れるかもしれないわい……。
 けれども、その時窓の向こうのどからからか笑い声が聞こえてくるのでした。それは笑い屋のそれのようにとても陽気で、けれどもその時の眠れない男にとっては、とても耳障りな笑い声だったのです。笑い声は、窓の向こうのどこか遠い場所から、風に乗って流れてくるようでした。


 何がそんなにおかしいんだ!
 眠れない男は、枕を叩きながら呟きました。けれども、笑い声は止みませんでした。
 ----大切なのは、よく眠ることです。
 笑い声に交じってまた校長先生のお話の続きが聞こえてきました。それが大切だからと言ったところで眠れるとは限らないんだ。眠れない男は冷蔵庫に向かって反論したい気持ちでした。その間にも、笑い声は絶え間なく続いて、何人もの陽気な女の声がまるで眠れない男の眠れなさ加減を嘲笑うかのように、どこか遠いところから流れてくるのでした。何が女たちを陽気にさせるのか、笑わせ続けるのか、そもそもこんな時間にどこで何をしているのだろう?


 眠れない男は、ちょっとした寒気を覚え始めていたのです。それは窓から吹き込んでくる夜の風のせいではなく、窓の外のどこか遠いところから、どこかわからないどこかから一時も止むことなく流れてくる笑い声のせいでした。


 何がそんなにおかしいんだ?


 眠れない男は、枕にしがみつきながら、ぶるぶる震えながら、何かに問いかけました。けれども、眠れない男は自分がいったい何に対して問いかけているのかわからず、何かわからないものに対して一層怖くなり、自分でも震えているのがわかるほど震えていました。震えを止めようと自分を自分で抱きかかえるようにしましたが、それは自分で自分を震わせ続けることと同じでした。一度感染した恐怖は、夜に貼りついた笑いと同じようにそう簡単には消えることのないものだったからです。
 ----大切なのは、くよくよしないことです。
 途切れることのない笑い声の中から、校長先生の励ましの声が聞こえてきて、眠れない男は少しうれしくなりました。そうだその通りだ。くよくよしたって仕方がない。眠れなくても、怖くても、笑い声が止まなくてもくよくよしたって仕方がない。そうだ、そうだ、その通りだ。
 ----大切なのは、くよくよしている自分を責めないことです。
 そうだ、そうだ。その通りだ。くよくよしたって仕方ないじゃないか。眠れないんだし、怖いんだし、笑い声は止まないんだし、くよくよしているんだし、わけがわからないんだし、仕方がないんだし、だからその通りなんだ。校長先生は、いいことばかり言っているぞ。校長先生は、ずっといいことばっかり言っている。それなのに自分はろくに聞こうともせずに……。眠れない男は、くよくよしながら自分を責め、自分を責めている自分を責め、そうして責めている自分と責められている自分が融合したり分離したりするのを繰り返しながら、やがて見失うまでそうしていました。やがて、眠れない男は何かを見失ったと気づいた時、依然として笑い声はそこにあるのでした。けれども、今はもうその笑い声は、少しも怖くもなくただ哀しいような笑い声に変わっていました。笑い声は、同じ調子で続いていたにも関わらず、眠れない男の中でそれは夜明けの空のように、微妙にそして確実に変化していったのでした。
 
 何がそんなにおかしいんだ……。
 その時、眠れない男の中に突然こみ上げてきたおかしみに抗し切れずに、眠れない男は笑い出しました。
 どこからともなく流れてくる笑い声の理由を探していた今までのことがまるでうそのように、どこからともなく、それでいてどうしようもなくこみ上げてくる笑いの衝動に呑み込まれ、眠れない男は、笑いのキツネが憑依したかのように笑い続けました。
 ----大切なのは、よく笑うことです。
 けれども、もはや眠れない男は校長先生のお話に先んじて実践していたのでした。相変わらず窓の外のどこかわからない遠いところから笑い屋の笑い声は流れ込んでいましたが、今はまったくそれは違和感なく眠れない男の部屋の中に溶け込んで、眠れない男の陽気な笑い声を中心として渦巻きながら広がっているのでした。
 勿論、校長先生も冷蔵庫の向こう側で笑っていたのです。みんながみんな笑い、眠れない男は笑い転げていました。
 そうして、笑い転げている内に朝になり、結局眠れない男は眠れませんでした。
 めでたし、めでたし。


     *
 
 めでたし、めでたし----。
 最後の紙(ライオンが一面の空を呑み込んで、世界が暗くなってしまった絵)を抜き取り、終の文字が現れるとお婆さんの紙芝居は終わりました。
 少年が、一人拍手をしても、周りで眠っている他の観客は眠ったままでした。


 「めでたいのかな?」
 ボーが声に出して言いました。


 「めでたかったのかな?」


 「まあ、それは考えようだわね」
 お婆さんは、周りのみんなに気を遣って小さな声で言いました。
 「どんなものの中にも……」
 それから猫があーあーと言うので、お婆さんは猫の方に歩み寄らなければなりませんでした。


 「またおいで。ボーヤ」
 振り返りながらお婆さんが言いました。微笑みの中で、ライオンの歯がきらりと光りました。


 

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キミの名は

JUGEMテーマ:小説/詩

 

お化け屋敷が熱狂する季節になると、ささやかなキャンペーンが始まる。
雀の宿恒例のキャンペーンである。



「箱の中に、名詞を入れていただきましたら色んな物が当たります」


 



特等 特等席特別着席権



一等 ニンテンドーDS
二等 石川食堂お食事券
三等 花火セット一夏分
四等 音速枕 レーザー・ピロー
五等 五千円札一枚
六等 雀の宿特製Tシャツ
七等 元祖たまごっち
八等 雀の宿一日宿泊券
九等 ソフト耳栓
十等 スーパーファミコン
11等 コーヒー券セット
12等 お菓子の家付きキーホルダー
13等 セガサターン
14等 有名人直筆サイン
15等 蚊取り線香
16等 ACアダプター
17等 エアーシュレッダー
18等 白タオル
19等 使い捨てティッシュペーパー
20等 ハンディー・メモ帳
21等 半透明ビニール傘
22等 スーパーボールセット
23等 耳栓
24等 単四乾電池一個
25等 マスク(一枚)
26等 コウモリ傘
27等 色鉛筆(緑・黄・水色よりいずれか一本)
28等 バラエティーしおりセット
29等 うまい棒(一本)*
30等 果汁グミ(よりどり一粒)


  *うまい棒の種類はえらべません。


 



時代を飾るときめかんばかりの人気アイテムの数々が、
当たるかもしれないチャンス……


名詞なら、どんなものでもいいので、みんなお目当ての商品を手に入れようと、
色々な名詞を入れていく。



空、夜、嘘、愛、夢、冬、
靴、遠足、散歩道、チョコレート、
イルカ、色鉛筆、音楽家、東京タワー、
愚か者、酔っ払い、最終電車、8番バッター、ボール……



小さな箱の中は、溢れんばかりの名詞たちで大騒ぎになっていく。
本当に名詞の数には、限りがない。
けれども、時々とても寂しげな顔で言う人がいる。


「名詞持ってないんです……」


あんまり申し訳なさそうに言うので、
何だか気の毒なことをした気がして、少し沈んでしまう。


一日の終わり、
名詞BOXを開けて、集まった名詞を数える。
一つの箱の中には、数え切れないほどの名詞が入っている。
一人の人がいくつもの名詞を入れることもあるせいでもあった。


三つ目の箱を開けると、いきなり手を噛まれてしまった。
「食べる」が入っていたのだ。
既に、箱の中の他の名詞たちは皆食べられた後だった。
なんということ。
たった一つの動詞を前にして、名詞はとても無力だ。


誰が、こんなものを入れたんだ……


 


お日様が、どんどん食べられていく。
そんな一日であった。


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書いてないことのすべて

JUGEMテーマ:小説/詩


「できないと書いてないからできるやろ!」
の一点張りである。
そのような主張がある度に、書き足すことが増えていくのだ。
書いてないことは、山ほど星ほどあるのに、その中からどうしてあなたはその一点をお選びになったのか。それはあなたの、今現在の願望ではないか。
何もかもが書いてあるなどと思わないでもらいたい。期待しないでもらいたい。


スタンプラリーカードで、
空を飛ぶことはできません。
宇宙に行くことはできません。
死んでも生き返ることはできません。
電車に乗ることはできません。
過去に行くことはできません。
肉じゃがを作ることはできません。
若返ることはできません。
魔法使いにはなれません。


特に書いてはいませんが。

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鹿とおじいさん

JUGEMテーマ:小説/詩

 

 猫の呼びかけに応じてたくさんの子供たちがどこからともなく集まっていました。夕暮れの公園は、きらきらと輝いた瞳たちが土の上にひしめき合っていて、まるでそこ
に星座が集まって、夏の物語を待ち構えているようでした。
 ----はじまり、はじまり。
 お婆さんは、呪文を唱えてざわつく星々に沈黙を与えました。


     *


 昔々、あるところにおじいさんとおばあさんがいました。
 けれども、おばあさんは今はいませんでした。


「おばあさんは、いなくなってしまったなあ」


 そう言っておじいさんは、長いため息をつきました。どれくらいの長さかというと、おじいさんのあごひげくらいでした。おじいさんのあごひげは、クリスマスの夜に降る雪のように白く甘やかで、それはちょうどおばあさんと出会ったくらいから伸び始めたものでしたので、今ではそれはそれは長く誰もが羨むばかりのあごひげだったのです。


「おばあさんは、いなくなってしまったなあ」


 おじいさんが言うと、鹿たちが呼びかけに応じておじいさんを追いかけてきました。
 おじいさんは、紙袋の中からパンを取り出すと、鹿に与えました。すると鹿は喜んでますますおじいさんに寄ってきました。おじいさんは求めに応じて更に与えました。そうしている内に紙袋の中身はどんどん減っていき、おじいさんはより深く手を突っ込まなければパンを取り出すことができなくなったのでした。
 そしてとうとう、おじいさんの持っていた紙袋は底をついてしまいました。それでも鹿たちは、おじいさんを追ってきます。おじいさんは空っぽの紙袋の底からもはや粉でしかないものを投げ与えました。これで本当におしまいです。


「もう、おしまい」


 けれども、鹿たちは、まだあるよと言われたようにおじいさんの元へ集まってくるのでした。その目は、疑うことを知らないびーだまのように丸く輝きながら真っ直ぐにおじいさんを見つめます。真昼の月が白く遠くから地上を見守る中、鹿たちはまるで月の大地に引き寄せられていくようにおじいさんに吸い寄せられていくのでした。
 おじいさんは、小走りで逃げ出しました。鹿は追いかけます。


「もう、ないんだって」


 おじいさんは訴えかけるように言いました。それから空っぽの袋を平たくつぶすと手で叩いて大きな音を立てました。
 けれども、鹿たちは、まだあるよ、だからこっちにおいでよ、と呼びかけられたみたいにおじいさんの手元を目指して群がり始めました。
 おじいさんは空っぽの紙袋を丸めると、あっちへ行けとばかりに精一杯遠くの方へ投げつきました。鹿たちはバンザイをしたまま、一瞬飛んでいくものに視線を泳がせましたが、すぐに正しい方向に向き直りました。それはおじいさんのいる場所でした。


「ほら、あっちにも人がいるよ」


 おじいさんは、人がいる方向を指差して、その隙に逃げ出しました。
 けれども、鹿たちはしっかりとおじいさんについていきました。おじいさんが逃げれば逃げるほど鹿たちは大喜びでついていきました。鹿たちは、おじいさんが好きでした。大好きでした。


「他にいくところはないのか?」


 鹿たちは、みんなで口を合わせて「ないない」と言いながら、よりいっそうびーだまを輝かせました。
 それから、おじいさんのあごひげを競って食べました。
 おじいさんのあごひげは、実はわたがしだったのです。
 おじいさんは、ついにすべてのあごひげを(わたがしのすべてを)失ってしまいました。
 すると、おじいさんは若者のように若返りました。
 めでたしめでたし。


     *


 めでたし、めでたし----。
 お婆さんが、最後の紙(天まで届いたあごひげに乗って猿が落ちてくる絵)を抜き取ると、これにておしまいという文字が現れて、一斉にお腹を空かせた子供たちは去っていきました。


「どうして昔話ばかりなの?」
 ボーは訊きました。


「それは私が昔の人間だからだよ。
 でも、ボーが新しいお話を作る時は、新しいお話を作ればいいんだからね。
 だってボーは、今を生きているんだし、今からを生きなきゃいけないんだからね」


「お婆さんは?」


 猫が飯を催促したため、お婆さんは答えられずに背中を向けてしまいました。
 それから、ボーもお腹が空いたと言って帰っていったのでした。


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ブラックホール

JUGEMテーマ:小説/詩


大入り袋が出た。
雀の宿が久しぶりに満室になったので、キツネの支配人が出したのである。
中を覗きこむと、何やら声がする。
「時間がない、時間がない、時間がない」
さらに顔を近づけると、声のする方から引っ張られて吸い込まれてしまった。
もう何もない。
時間のない場所の底で、自分も失われてしまった。
そこはブラックホールであった。

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新しい人

JUGEMテーマ:自作小説

 
 猫が鳴き声を上げると、紙芝居が始まる合図で、それを知っている人たちが集まってきました。
 一枚目にはタイトルが大きな文字で書かれていて、それを大きな声で口にした後、お婆さんは呪文を唱えるのでした。
 ----はじまり、はじまり。
 はじまりの呪文を唱えると、物語が始まるのでした。


     *


 昔々、あるところに新しい人がやってきました。
 なぜかと言うとそれはやってくる理由があるからでした。 理由の中にも様々な理由があり、必然的なものや直感的なものなど色々とありました。そうしてやってきた新しい人の体は、今はその場所につまりはあるところにあったのでした。


 あるところには、昔からいる人がいて、それは新しい人からすれば昔なのであって、昔からいる人にも遡れば新しくやってきた人がちょうど今新しくやってきたのと同じように、新しくやってきた日もあったのでした。けれども、昔からいる人は、とりわけ昔の昔からいる人たちはとっくにそんなことは忘れて、まるでその場所に最初から根ざしていたかのように、違和感なくあるところの中に溶け込んでいるのでした。


 昔からいる人は、新しい人に決まってすることがありました。まずは新しくやってきた人に物珍しげな視線を注ぐこと。それから次々と質問を浴びせることでした。特に訊くべきことはありませんでしたが、考えれば訊くべきことはいくらでもありました。なぜなら、昔からいる人は、新しい人のことをほとんど何も知らず、知らないことが山ほどあったからでした。それらを知る権利があるかどうかは曖昧なものでしたが、質問と答えが自然と行き交うような空気はあるのでした。


 どのような方向からやってきたのですか、と昔からいる人が訊くと、新しい人はやってきた方向を答えました。
 どのような手段でやってきたのですか、と昔からいる人が訊くと、新しい人はやってきた手段を答えました。
 どのような心構えでやってきたのですか、と昔からいる人が訊くと、新しい人はやってきた心構えを答えました。
 どのような生活の中でやってきたのですか、と昔からいる人が訊くと、新しい人はやってきた生活の中を答えました。
 どのような星の下でやってきたのですか、と昔からいる人が訊くと、新しい人はやってきた星の下を答えました。
 どのような運動が好きでやってきたのですか、と昔からいる人が訊くと、新しい人はやってきた好きな運動を答えました。
 そのようにして質問は延々と続き、またその答えも延々と続き、その答えの中から次の質問が生まれたりすることもありました。


 新しい人は、時々答えに詰まることがありました。それは丸裸にされるような恐怖が不意に芽生えた時でした。その時はうまく答えをドーナツの中に隠し込んだり、グレーに塗り替えたりすることで、上着一枚を脱ぐ程度で済むようにして耐えるのでした。けれども、昔からいる人は新しい人が考える以上に新しい人の答えをほとんど聞いてはいませんでしたし、気にしてもいないのでした。
 答え続けるばかりで、大丈夫なのだろうか?
 新しい人は、自分からも何か問いかけることはないものかとしばしば考えましたが、そうしている間にも次から次へと質問が投げかけられるため、実際のところその対応に追われるばかりで、自分から問いかけるまではどう考えても及ばないのでした。


 ----どのような野菜が好きでやってきたのですか?


 そうしてまた、新しい質問がやってきました!
 新しい人がタマネギを投げ返すと、昔からいる人の答えは、その何倍もトマトでした。
 昔からいる人は、今自分の発した質問からやってきた新しく見違える色と形で現れたトマトという答えに顔を紅潮させ、四季を超越した野菜畑から飛び出したような妙にうきうきとした高揚の中で、我を忘れて踊り出しているのでした。
 その時、新しい人は、ようやく少し警戒心を解き、少し微笑みを浮かべることさえできました。太陽が照れたような、微笑みでした。
 めでたし、めでたし。


     *


 ----めでたし、めでたし。
 そう言って、最後の紙(野球選手が場外ホームランを放ち、スタンドから紙吹雪が舞っている絵)を抜き取った頃、辺りには寝そべっている猫と一人の少年を除いてもう誰もいなくなっていました。


 「よくわからなかった」


 「でも最後までありがとうね」


 「僕はボー。この町に転校してきたの」


 「私も色々な場所を回ったわ。そりゃあ色々と回ったわ」


 「またすぐに転校すると思うけどね」


 「またおいで。ボーヤ」


 


 

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歌を待つ

JUGEMテーマ:小説/詩





保育園の中は、宇宙のように静かでした。
誕生を祝う歓声も、クラッカーの弾ける音も、オルガンの音色さえもありませんでした。
あるのは、ただ一本のクリスマスツリーだけでした。
ツリーに中にちりばめられた小さな星々は、夏の日の蛍のように明滅しながら歌を待っていました。
お迎えの人は、まだ誰も訪れませんでした。

「クリスマスソングはないの?
 ツリーはあるのに」
ユキちゃんは、不満そうに言いました。

先生は、CDスロットの中にCDを差し入れます。
それは先生が子供の頃から大好きだった歌ばかりを集めて作った、とっておきのディスクだったのです。
スロットは機械的な音を立てて、先生のお気に入りを呑み込みます。
しばらくして答えが出ます。

NO  DISK

それがその日、スロットが出し続けた答えでした。
全否定だ。
取り出したディスクを、先生は狂おしく見つめました。

「ねえ、先生。
 ツリーだけは、あるのに」
ユキちゃんは、少し皮肉っぽく言いました。
視線の先には、一本のツリーがありました。

「もう一度、
 もう一度やってみよう」
そう言いながら、先生は何度も繰り返し試みました。
まるでオセロでもしているように、スロットと向き合い続けていました。
遠くで、猫が微かに声を上げましたが、それは人間には聞き取ることのできない周波数でした。

もう一度、
もう一度、
もう一度、
そうして夜は、だんだんと深まっていきました。
手の平に取った円盤に、絶望に暮れる人の顔が映っていました。


とうとう先生は、自分で歌い始めました。


真っ赤なバラ咲く お向かいさんは ♪


「ごめんね あんまり歌知らなくて……」


「いいえ ありがとう」

ユキちゃんは、猫のように笑みを浮かべました。
先生は、続けて下手くそな歌を歌いました。
それから、また謝りました。


「ごめんね 下手くそな歌で……」


「いいえ ありがとう 先生」

 

「ごめんね こんなんで……」


「いいえ……」

それから、ユキちゃんも歌いました。
ツリーは、少し揺れています。



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なかなか止まり

JUGEMテーマ:夢小説
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JUGEMテーマ:小説/詩

 



「何のとりえもない皿ですが」
店員さんの言い草に、美知はくすりと笑いました。
「とりえか……」
卓は、何かを思い出したようにつぶやきました。
「でも、取り皿にとりえなんかあったら邪魔だなあ」
「それもそうね」
美知は、とりえのない取り皿に魚だの、海老だのを取り分けました。取り分けて卓にも渡しました。
「うん、おいしい」
皿とは無関係に、料理の方はとても美味でした。


*


「やきそば焼いてるよ」
「あ、やきそば食べたい」
とてもよく食べる一日でした。
冬の冷たい空気の中に、やきそばを焼く煙が香ばしさを持って立ち上がるのを期待しながら二人は駆け寄っていきました。
けれども、近づくにつれて聴こえてくるのは不思議な音楽だったのです。それは寂しいような嬉しいような不思議なリズムを刻みながら、冬の空に弾み泡のように溶け込んでいたのでした。

「やきそば、じゃなかった」
卓は、残念そうに言いました。
やきそばを焼いているように見えたのは、サンタクロースが木琴を叩いていたのです。
「私も、やきそばだと思ったよ」
美知は、笑いながら手を叩きました。それから、二人で踊り出しました。


*


大通りから少し、『悠然横丁』はありました。
二人で横に並んで歩きました。歩くと神社に行き当たったので、お参りしました。
そこでは皆が声を出して願い事をしているのでした。

  「家内安全」
  「絶対合格」
  「世界平和」 
  「しあわせ」

みんな言っていることは当たり前のことばかりでした。
「なんか、あれだな」
美知も、黙って頷きました。
二人はさい銭を投げると、何も声に出さず手を合わせていたのです。

「言わないと!」
突然、奥からおじいさんが現れて言いました。
「しあわせ!」
叫びながら、二人は逃げ出しました。
歩いている内に、どんどん横道に入っていきました。
そして、日もすっかり暮れてもうそこは悠然横丁の中なのか外なのかもわからなくなりました。

「ごくろうさまです!」
その筋の方が集まっていて、親分の方を子分の方が見送っていたのでした。
どうやら横道に入りすぎてしまったようです。
二人はまた逃げ出しました。


*


 次は『なかなか』 『なかなか』
 この列車は次の『なかなか』止まりです

「えーっ」
「なんだ。せっかく乗ったのに……」
二人は、なかなか止まりとは知らずに乗ったのでした。

 次は終点『なかなか』 『なかなか』
 どなた様もお忘れ物ないように……

突然やって来た終点に二人は降ろされてしまいました。
しばらくの間、二人は降りた場所に立ち尽くしていました。
降りた時には、幾らか見受けられた人の影も、気がつくとどこか遠くへ消え去っていました。
いつまで待っても、次の列車が来る気配もありません。


「なかなか止まりか……」

卓は、今さら思い出したように言いました。


「そんなことないよ」

美知は、言いましたが卓には意味がわかりませんでした。
それからようやく、二人は歩き出しました。
二人の足音だけが、サンタの木琴のように響いていました。


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